大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)513号 判決

原告 高島株式会社

右代表者 高島幸太吉

右代理人弁護士 河上市平

被告 阿部秀雄

被告 小田野辰五郎

右両名代理人弁護士 植木敬夫

同復代理人弁護士 上田誠吉

被告 鈴木利郎

右代理人弁護士 植木敬夫

同 上田誠吉

主文

一、原告に対し

(一)被告阿部秀雄は東京都北区志茂町一丁目四番地所在、家屋番号同町千百七十六番二、木造瓦葺二階建寄宿舎第一号一棟建坪九十八坪八合二階九十八坪二合(現況は三階約二坪付属)のうち一階西側五坪五合を、

(二)被告小田野辰五郎は右建物のうち二階北側二十四号室五坪五合を、

(三)被告鈴木利郎は右建物のうち二階西側二十一号室五坪七合を、

明け渡せ。

二、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件建物が原告の所有に属し、原告がこれを明正寮と名付けて従業員の寄宿舎に充てていることおよび被告等が本件建物のうち原告主張の各室を占有していることは、当事者間に争いがない。

二、そこで被告等が原告に対抗し得る正当な占有権原を有するかどうかについて判断する。

(一)(イ)  被告阿部秀雄が原告の従業員として主文第一項の(一)に掲げる室を昭和二十八年十月三十日原告より借り受けて(賃貸借契約によるものであるか使用貸借契約によるものであるかの点はしばらく措く。以下に述べる場合についても、同様とする。)使用していたところ、昭和二十九年七月中退職により原告の従業員たる身分を失つたこと、被告小田野辰五郎が原告の従業員として主文第一項の二に掲げる室を昭和二十一年八月十二日原告より借り受けて使用していたところ、昭和二十九年六月三十日退職により原告の従業員たる身分を失つたことおよび被告鈴木利郎の姉に当る訴外鈴木歌子が原告の従業員として主文第一項の(三)に掲げる室を昭和二十一年一月二十日原告より借り受けて使用していたところ、昭和三十年一月二十日退職により原告の従業員たる身分を失つたことならびに右室の使用について被告阿部秀雄が一ヵ月金七百二十円(賃料に当るかどうかはしばらく別とする。以下に述べる金員についても同様とする。)を、被告小田野辰五郎が一ヶ月金七百五十円を現になお支出していることおよび訴外鈴木歌子が一ヵ月金七百円以上(被告鈴木利郎の主張によれば金七百五十円であり、原告の主張によれば金七百七十円であつて、その間に差異があるけれども、この点はともかくとして、)を支出していたことは、当事者間に争いがなく、被告鈴木利郎本人尋問の結果によると、訴外鈴木歌子は既に主文第一項の(三)に掲げる室に居住せず、前示金員は現在被告鈴木利郎が支出していることを認めることができる。

(ロ)  証人根本源の証言により原告が制定し、明正寮の居住者に対し昭和二十五、六年頃提示した「社宅使用貸借規程」に当ることの認められる甲第二号証の二によると、原告は右規程により、その従業員で社宅の使用を希望する者が同居者の数、年令および当該従業員との続柄を示してした願出につき原告の許可を受けたときは、所定の契約書により原告と貸借契約を締結の上社宅を使用することができること、社宅使用者の選定、部屋の割当、移転および変更等は社宅管理人の決するところによること、社宅の使用は無償とし、ただ電気、瓦斯、水道等の使用の実費、衛生費、共通費その他通常の必要経費は居住者が負担すること、右必要経費の割当および出納は居住者の自治委員が行うこと、居住者が前記規程に違反したとき、他の居住者に著しい迷惑を及ぼすとき、退職したときその他会社の秩序を乱しまたはそのおそれがあると認められるときは管理人は立退きを求めることができ、この場合においては居住者は二ヵ月以内に無償かつ無条件で明渡をしなければならないことと定めていることを認めることができる。

被告小田野辰五郎および訴外鈴木歌子が明正寮に入寮したのは前出(イ)に説示したとおりいずれも昭和二十一年中であるから、前掲規程はその当時には未だ制定されていなかつたものとみられるのであるが、被告小田野辰五郎および訴外鈴木歌子も明正寮に入寮後におけるその使用関係については前記規程の適用を受けるものと解すべく、被告阿部秀雄に対しては、その入寮の時期が前出(イ)に判示したように昭和二十八年中であることからいつて右規程がその入寮当時から適用されるものと認めるべきである。

(ハ)  成立に争いのない乙第二号証、証人根本源の証言により昭和二十四年中明正寮の居住者が組織した明正寮自治会の規約であることが認められる乙第一号証および右証言によりその改正規約であることが認められる甲第二号証の三と右証言とを総合するときは、原告は、最初明正寮の居住者の使用する電灯電力および水道料金のほか清掃消毒費用および修繕費等を自ら支出し、後でその一部を居住者に割り当て管理担当者をして居住者から徴収させていたが、その負担にたえられなくなつたため、昭和二十四年十月頃明正寮の居住者に自治会なるものを組織させ、その責任において上述のような諸費用その他の通常必要経費を居住者から取り立てて自治的に寮の運営を図らせることにしたこと、昭和三十年十一月二十日に前掲甲第二号証の三の改正規約が施行されてからは、自治会はその会員である明正寮の居住者より通常経費として毎月の電灯電力および水道料金を過去の実費を基礎とした概算額をもつて徴収し、実費との差額は毎年二回清算の上残余金があれば返還し、不足額があれば追徴することにより調整するものとするほか、別に毎月一軒当り金二百円の自治会費を取り立てて、厚生、衛生、防火事業に必要な費用、寮内の施設改善、補足、修繕等に必要な費用、慰安、娯楽等の行事の一部の費用、会員の慶弔に関する費用、毎月の汲取費、町会費および寄付金、会員の表彰その他に関する費用に充てるものとしていることが認められる。

(二)  証人根本源の証言ならびに被告等各本人および取下前の相被告中井英夫、同小島秀太郎各本人尋問の結果によると、原告は明正寮の居住者から部屋代という名目で毎月金員を徴収したことのあることが認められ、前掲乙第一号証にも明正寮自治会の総会の協議事項として列挙されたもののうち「部屋代及食費ニ関スル件」なる記載がみられるけれども、明正寮の居住者から原告が徴収した金員も自治会が取り立てて来ている金員もその性質は明正寮の室の使用収益の対価としての賃料たる性質を有するものでないことは、前出(ハ)において判示したところに照らして明白であり、原告がそのほかに賃料とみられるべきものを明正寮の居住者に支払わせたことはかつてないことは、証人根本源の証言によつて認めるに十分である。してみればその徴収に当り部屋代なる名称が用いられたことがあるからといつて直ちにその金員が賃料たる性質のものであると即断すべきものではない。

(二)  およそいわゆる社宅の使用収益に関する契約がいかなる類型の契約に当るかということについては、具体的な事例における契約の趣旨に即して決せられるべきものであるところ、叙上認定の各事情から考えるときは、本件の場合は、被告等の主張するごとく賃貸借契約でもなく、また原告の主張するように使用貸借契約そのものにも当らず、結局は明正寮の居住者が原告の従業員たる地位を喪失するとともに終了し、事後二ヵ月間明渡を猶予される定の使用貸借契約類似の一種特別の契約と解するのが相当である。

(三)  してみると前出(一)の(イ)に判示したところにより知り得るとおり、被告阿部秀雄および被告小田野辰五郎も被告鈴木利郎の姉である訴外鈴木歌子もそれぞれ退職により原告の従業員たる地位を失い、かつその時から既に二年以上を経過した現在においては、原告との間に存した前述のような性質を有する明正寮の使用契約は終了し、既に明渡猶予期間も満了したものというべきである。

(四)  被告鈴木利郎は、その母である訴外鈴木かつが昭和三十二年十月頃明正寮居住の独身者のための賄婦として原告に雇われたから、同人は被告鈴木利郎の占有する室につき原告の従業員として使用収益権を有する旨主張するところ、訴外鈴木かつが右のような賄婦になつたことは、原告に雇われたとの点を除き原告の認めるところであるけれども、同人が原告の従業員たる身分を有することについては被告鈴木利郎本人尋問の結果によつてはこれを肯定するだけの心証を得るに至らず、他にさような事実を認めるに足りる証拠はない。

これを要するに被告等の抗弁はすべて失当であり、被告等の占有はいずれも不法であり、これにより原告の所有権を侵害しているものというべきである。

三、さすれば被告等に対し各自その占有する室を原告に明け渡すべきことを求める原告の本訴請求は理由があるので、これを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条および第九十三条を適用して主文のとおり判決する。なお、この判決に仮執行の宣言を付することは相当でないと認め、この点に関する原告の申立は却下することとする。

(裁判官 桑原正憲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例